福岡高等裁判所 昭和63年(う)262号 判決 1988年10月13日
主文
本件各控訴を棄却する。
被告人両名に対し、当審における未決勾留日数中各一二〇日をそれぞれ原判決の懲役刑に算入する。
理由
本件各控訴の趣意は、被告人Xの弁護人古川卓次、同苑田美穀及び被告人Yの弁護人松坂徹也が差し出した各控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、検察官岡準三が差し出した答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用し、これに対し次のとおり判断する。
右各控訴趣意(量刑不当の主張)について
古川弁護人、苑田弁護人の所論は要するに、被告人Xに対し、法定刑の上限である無期懲役を科した原判決の量刑は首謀者であるAの果たした役割を軽視したもので、公平を欠き、重きに失し不当である、というのであり、弁護人松坂徹也の所論は要するに、被告人Yは、自己の船舶を使用して蜜輸入の犯行を実行したにすぎず、借金返済に窮したことから本件犯行に誘い込まれたもので、その犯情は軽いと考えられるのに、被告人Yに対し懲役一五年及び罰金五〇〇万円に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。
よって、所論にかんがみ、原審が取り調べた関係証拠を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、被告人両名は、いずれも営利の目的をもって、(一)暴力団乙山会乙田組組長D、同組員Aや、台湾人B、同Cらと共謀のうえ、昭和六一年一二月二七日ころ、鹿児島県鹿児島郡十島村大字悪石島南方約八キロメートル付近において、台湾高雄港から漁船億昇財に積み込んで来た覚せい剤結晶約二四三・九三一キログラムを被告人Y所有の漁船第三甲野丸(総トン数一〇・〇八トン)に積み替え、いったん同県熊毛郡屋久町安房港に入港のうえ、警察の追及を逃れるため、さらに、密輸入につき情を知らないFの操縦する漁船甲山丸にこれを積み替えて同人をして税関及び保税地域の設けられていない楠川港に入港させ、同港岸壁において、税関長の許可を受けないでこれを陸揚げさせて貨物を輸入し(原判示第一)、(二)営利の目的を有するDらと共謀のうえ、右密輸入にかかる覚せい剤全部をいったん前記屋久町宮之浦所在の丙野工業資材置場倉庫に搬入し、次いでこれを被告人Y所有の倉庫に搬入し、その間右覚せい剤を不法に所持した(同第二)という事案であるところ、原判決が「量刑の理由」において判示するとおり、その輸入及び所持にかかる覚せい剤は、二四〇キログラムを越える空前ともいうべき大量のものであって、これが社会に拡散された場合の保険衛生上の危害その他の社会的害悪は計り知れないものがあり、これを取り扱う暴力団関係者らに対する巨額な資金供給の温床となるべきものであって(ちなみに、予定どおり売却されたならば、一キログラム当たり約一〇〇万円であるから、実に二億四〇〇〇万円もの収益を挙げ得る。)、重大、かつ、悪質な事案というほかない。そして、被告人Xの果たした役割は、相手側台湾人と覚せい剤の取引量、価額、引渡日、場所などを取り決める交渉役を担当するとともに、覚せい剤受け渡しの細かな密輸入の手筈を整え、H、X名義で開設した預金口座(隠し口座)から現金を引き出し或いは保証小切手を組み相手方の便宜を図るなど積極的、かつ、重要な内容のものであって、主犯のDに匹敵するほどの重要な地位を占め、被告人XとDは、本件覚せい剤の密輸入取引に関し、いわば車の両輪にもたとえられる密接不可分の関係にあったものといわなければならない。また、被告人Yも同Xを通じてDと知り合い、同人らとともにスキューバダイビングなどをして遊ぶうち、右のように被告人Xから誘われ、自己が暴力団組員により敢行される組織的、計画的重大犯罪の一翼を担うことになることを十分に認識しながら、取引の途中から仲間に加わって運び屋の役割を分担し、台湾高雄港から漁船億昇財に積み込まれてきた覚せい剤を前記漁船第三甲野丸を操船して悪石島沖合海上でこれを引き取って本邦内に持ち込んで、首謀者Dや販売担当のAに引き渡すという極めて重要な役割を果たしたもので、これにより本件で実際に得た報酬も一三〇〇万円もの高額に上っていること、被告人Xは同Yを、同被告人はG、Fをそれぞれ本件犯行に誘い込んで犯行を遂げようとしたこと、覚せい剤の乱用が家庭の主婦や青少年にまで広がりつつある憂慮すべき現状にかんがみると、海外からの輸入による供給を禁圧する緊急の必要性があり、一般予防の見地からも密輸入事犯に対しては厳しく対処するほかないこと、並びに、被告人Xは、業務上過失傷害、賭博(二回)の罪により罰金刑の処罰を受けたほか、常習賭博罪により懲役一年(三年間執行猶予)の判決言渡しを受けたことがあり、その後も暴力団乙田組組長Dと親交を持ち、被告人Yは、器物損壊罪により懲役三月(三年間執行猶予)の判決言渡しを受けたほか、傷害、暴行、道路交通法違反により多数回罰金刑の処罰をうけたことがあり、被告人両名とも日ごろの生活態度が芳しくないことなど併せ考慮すると、被告人らの刑事責任は重大であるといわなければならず、被告人らが本件犯行を後悔し今後の更生を誓っていること、その他所論の被告人らに有利な事情を十分に斟酌しても、原判決の被告人両名に対する刑の量定はまことにやむを得ないところであって、これが重きに失し不当であるとは認められない。論旨はいずれも理由がない。
よって、刑事訴訟法三九六条に則り本件各控訴を棄却し、刑法二一条を適用して被告人両名に対し、当審における未決勾留日数中各一二〇日をそれぞれ原判決の懲役刑に算入することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 淺野芳朗 裁判官 吉武克洋 近江清勝)